日々のぜいぜい

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小田原の街を行く3

2011.08.30
通りを1本海側に入るとそこは江戸時代には武家屋敷でありその後は文人墨客や貴族、政府要人が集う界隈でした。

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東京なども江戸時代からの呼び名が、バス停や駅名、首都高のランプ名などに残されていますよね。
小田原も未だ息づいているものや、記憶の中だけになってしまった旧町名があります。
そういったものが、各通りや要所にこうして石碑として保存されています。
有形なものだけでなく無形なものにも魂を込めるという意味でもいいことだと思います。
この町名や通りの名を見ては江戸時代の生活も垣間みられるのではないでしょうか。
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ここは「西海子小路」(さいかちこうじ)と言い、春には桜の名所となります。
右手の生垣は「望月軍四郎」という人の別邸で、「静山荘」と言います。一般開放していません。
この方は京浜急行の基礎を築いた人で、銀行、教育界、鉄道関係で活躍した明治から昭和にかけての実業家です。
多くのお屋敷跡が切り売りされて行く中、ここだけは今もその敷地を留めているのはすごいなあと。

その目の前が「小田原文学館」です。
小田原ゆかりの文学者の作品などが展示されています。

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建物は明治から昭和にかけて軍人、宮内大臣として活躍した「田中光顕」の別邸です。
土佐人でしたが脱藩して長州に渡り、坂本龍馬、中岡慎太郎らとともに薩長同盟の成立に尽力し、
後には幕府軍を抑えて長州を大勝へと導いていきます。
維新後には岩倉使節団の一員として欧米を視察したりしていました。(以上:小田原文学館パンフレットより一部抜粋)

この洋風の建物はスパニッシュ様式を基本にして昭和12年に建築されたもので、
張り出した居室の曲線と直線のフォルムがおしゃれです。

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3階のベランダはもう南欧チックな香りで、そこから相模湾の気配を感じていたことでしょう。
いや、当時はまだ木が低くて、実際に海が見渡せたのかもしれません。

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階段は黒い大理石の手すりがおしゃれです。傾斜もゆるめでとても歩きやすいです。
展示室に入ったら、撮影禁止の張り紙が。。。階段では気づかなかったのでお許しを。

庭を廻って南に行くと、「尾崎一雄の書斎」が下曽我から移築されてあります。室内の調度品はすべて尾崎家から寄贈されたものだそうです。
ウイスキー多し。。。

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こちらは「白秋童謡館」、やはり田中光顕の別館で、こちらは大正13年建築で
日本庭園をもち、廊下まで畳張りな贅沢な純和風建築です。あ~こんなうち住んでみたい。。。
これといった展示物はなく、童謡が聴けるくらいです。

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庭に咲いていた木の花、なんだったけなあ。。。紫根野牡丹だそうです。

西海子小路を東に向かい国道1号線方面に少し戻って、すぐの通りを入る。
ここから町名は南町から本町へと変わる。旧武家屋敷の町割りからこちらに入ると、通りも小さな区画に変わり
路地が出てきたりと、ガラっと感じが変わります。

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古い家

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もうやめちゃったのかな、床屋さん、右から文字が始まっていたらしいのも時代を感じますね。

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通りを1本国道1号線よりに戻すと、こちらは老舗のかまぼこ屋さんがしのぎを削る激戦区です。
っていや、なんかのんびりしてますね~
左手は「鈴廣」、隣は「杉兼」の工場、右手は「田代」

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鈴廣の玄関口側が「市場横丁」です。
北条時代に組まれた「魚座」は江戸時代になるとやがて80軒を数えるようになり、この市場横丁で文字通り市を開いていたそうです。
早川漁港開設がS43年ですから、今の御幸の浜プールあたりが船着場だったのかしらん。

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更に進むと「籠清」
浜町まで行けば「丸う」「山上」「わきや」もありますが、今日はここまで

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「籠常」(かつおぶし博物館となっています)を最後にまた国道1号線へと戻っていきます。

4へ続く

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平地を3hしか歩いてないのにお山より疲れます。ぽちっとな。

Comment

- hiro

大名の屋敷とかがあったから区画も大きいのかな。保健所近辺のところでしたよね?

小田原と言ったら私は「かごせい」かしら^^
あと守谷のアンパン。父も若いころから食べていたそうです。食パンにジャムとバターを塗ったやつも好き。
ぜぜさんの画像を見てると、小さいころのことが思い出されて・・なつかしくなります。
やっぱ好きだわ~
小田原。
2011.08.30 Tue 18:28 URL [ Edit ]

- ぜいぜい

☆hiroちゃん
そう区画の大きさがガラっと変わるなと。
保健所の跡は移転しちゃったから今は更地です。
通り一つで江戸時代がわかるってすごいよね。
NHKで「ぶらタモリ」って番組やっているんだけど、まさに通りから江戸が見えるんだよ。
そういう視点で街を見るのも、いろんな発見があるんだよね。

籠清おいしいね。あと山上も好き。絶対漂白していないと思わせる、自然な出来栄えがいいんですよ。
日持ちしないのは本来当たり前なんだよね。
2011.08.30 Tue 21:58 URL [ Edit ]

- ロビン

私もこういうブラリ散歩大好きです。
その街の歴史とかを感じられる所は特にね。
いいねー 小田原は
ちょっと角を曲がったら、味わい深い建物みっけたりって
そういう歩きが楽しいんだよね。

今度いってみよっと。
そんときゃ 帰りはぜぜ家に寄ってで買いだめやな(笑
2011.08.30 Tue 22:50 URL [ Edit ]

- きぬ

ぜぜさんのぶらり散歩、一緒に歩いているよで
たのしかったです

>平地を3hしか歩いてないのにお山より疲れます
はい、ぶらり歩きはとっても疲れますね
あと、美術館歩きも山以上に疲れます
たちどまっては進み、立ち止まっては進みだから

あの、紫のお花は「ノボタン」じゃないかなぁ
2011.08.30 Tue 23:53 URL [ Edit ]

- ぜいぜい

☆ロビはん
あんまり見どころのない小田原だけど、散歩するにはいいとこです(空いてるから)(爆
街の成り立ちって視点で見ると、見どころのないとこでもおもしろいですね。

☆きぬさん
なんだろね、街は疲れるよ、ぼ~っとしているようでも神経つかっているんだろうなあ。
お目当てにしていたかき氷屋さんがなくなっていたことも疲れ倍増だったです。

お花、紫根野牡丹だった、教えてくれてどうもありがとうです。
2011.08.31 Wed 00:24 URL [ Edit ]

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