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小田原の街を行く1

2011.08.28
子供の時から小田原の街並みが好きだった。

城下町の洗練された美しさと、明治以降の貴族、政治家、軍人、小説家の別荘のあった名残。
甲州街道、東海道を擁す街道筋は、城下町が抱える職人の店が並ぶ。
父方の実家はお百姓さんだけれど、街道筋に面して履物の修繕をしていたので屋号は「下駄屋」だ。
両隣は、「かなぐつ屋」(馬に蹄鉄をつける所)と「鍛冶屋」ちょっと先は「ちょうちん屋」

お茶やお花の文化を支える菓子処、花屋、茶道具屋、草履屋、着物、染物屋。
魚の街ならではの、かまぼこ屋、干物屋。
ちょっとあやしい裏通りなどなど。

そう、小田原は個人の商店が生きていける街でした。

そんな古い小田原の写真を残しておきたいと願ったのは高校生の時だった。
が、ズルズルと年月を重ねて、いつしかそんなことも忘れていった。
ここ数年、写真に収めたいと強く望むようになり、今日やっと重い腰を上げた。
当然のことながら、当時、気にかけていた建築物の多くが壊されたり、改築されたが
今回まだわずかばかり昭和の薫りを留めた建築物に会うことができた。
まだまだほんの一部ですが、数回に分けてUPしていきます。
また、時間を作って小田原の街をあちこととさまよいたいなあと。
まずは、ベタな小田原城周辺から

P1050370.jpg

駅前からお堀端通りに向かい、学び橋の赤い橋を過ぎると、小田原市が一番お金を掛けている二の丸の遺構です。
まだまだこの辺りは二の丸で、外に今はなき三の丸が続き、西へ東へ北へと、空堀や大堀切で囲まれていたのです。
小田原城址は国の史跡ですが、建物はうそっこです。

P1050371.jpg

学び橋は昔城址の中に小学校があったので、たぶんそう呼ばれていたんだと思う。
レトロな校舎は一部が残っているけれど、大半は取り壊されました。
歴史的な城址のなかにそれとは関係ない建造物は目障りということだったのでしょうが、なんとももったいないなと
子供心に思ったものです。

P1050375.jpg

お城よりもりっぱな小学校が、お堀をへいげいしています。

P1050379.jpg

これ、咲いているのか落ち葉なのかいまいちよくわらんかった。

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お城の南のコーナーを回りこみ、バスの駐車場を過ぎると有名な「御感の藤」があり、その正面のお堀にハスが咲いています。
もう盛りはとうに過ぎたので咲いているとはおもわなかったけれど、咲き残りが少しだけありました。

国道1号線に向かって再び歩き出します。
国道沿いは風情ある店構えが多かったのですが、大分昔とは印象が変わりました。
それでも子供時代の懐かしい姿を留めてるお店もちらほらと。。。

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食器の江島屋さんです。創業120年、昔は茶碗屋さんって呼んでいました。
食器のお店は結構あちこちにあったけれど今では数件を留めるのみでやがて滅びゆく運命でしょうか。

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浜からの風が心地良く店内をすり抜けてゆきます。正面の掛け時計はいったいどのくらいの時を刻んできたのでしょうか。

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店内左手はまだ土間のままでした。昔茶碗屋さんは食器を割らないように、床はコンクリートを打たないんだと聞いたことがありました。
たわんだ棚も時代を感じさせますね。

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親切な女将さんが快く写真を撮らせてくださいました。どうもありがとうございました。

引き続き国道沿いのお店に続きます。

2へ続く

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今日はお山はお休みです、ほちっとな。

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