日々のぜいぜい

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2005年06月の記事一覧

2005.06.29 向田邦子
2005.06.27 丹沢山考
2005.06.23 きんぴらごぼう
2005.06.20 金時山
2005.06.18 りすさん
2005.06.13 八ヶ岳
2005.06.11 お昼寝
2005.06.09 ジーコジャパン
2005.06.08 床屋の思い出
2005.06.02 若い時に・・・

向田邦子

2005.06.29
きのうまでの4週連続で、NHK教育で"知るを楽しむ”という番組で
向田邦子特集をやっていた。語りは爆笑問題の太田くん。
”阿修羅のごとく””あ、うん””寺内貫太郎一家”なつかしい番組に
おそらくリアルタイムでは見ていないだろう太田くんが鋭いコメントでドラマにせまる。
私も向田邦子は大ファンだったので、ついきのうのことのように番組を思い出した。
なぜに、女はああも情念をたぎらせ、でもそれを上手にしまいこむ。
男はあくまで威厳をたもちつつ、が、おもいっきりだらしない。
その描き方のなんと巧みなことか。
なつかしいような昭和初期の香り。
小説にも油がのりはじめ、まさにこれからがとっても楽しみだったのに
突然の飛行機事故でこの世を去った。
あんなに落胆したことはなかった。
その後、同じく向田邦子のファンである久世光彦さんがお正月になると
向田邦子の本をスパイスにして新しい家族像を描いてくれた。

ホームドラマがすたれて久しい。ひとつ前の世代は、母も父も家の中心で
”うるせえ、ばばあ”や”うざいおやじ”なんてありえなかったのに、
いつのまにやら子供が中心になり、父母はうろうろするだけの存在になってしまった。
そのうちにそのうろうろさえも画面から消えてしまった。
ホームドラマがすたれたから家族も瓦解してしまったのか、
家族が瓦解してしまったからホームドラマがすたれたのか、
きょうの”赤い疑惑”に涙しながら考えるぜいぜいでした。

丹沢山考

2005.06.27
梅雨の中の上天気、なのに用あってお山に行くことも出来ず、
しかたなく久々に丹沢の本でもとページを開いてみた。
前々から、頭の片隅に引っかかっていたこと、深田久弥の”日本百名山”である。
その丹沢山の項について深田久弥は、”個々の峰ではなく全体としての立派さからである。”
としている。そういう山は他にも八ヶ岳や朝日岳、飯豊山、穂高岳、八甲田山等、
数え上げたらきりがない位ある。その中の最高峰を大変りっぱだ。とほめたたえているものや
蛭ヶ岳のようにさらりと書かれているものもある。そういう風に書き分けた真意は何なのかかなり興味を引かれるところではあります。
蛭ヶ岳は大きく目立ち、丹沢の最高峰として日本百名山の看板をかかげても誰も文句は言うまいて
と、思っていたら昨年だか一昨年あたりに丹沢山の山頂にりっぱな日本百名山の看板が出来ていた。
いったいどなたが立てたのかは存じませんし控えめな蛭ヶ岳が文句を言う訳もなく
既成の事実となっていることです。何となく変だなという感じだったのですが
きょう、久々にハンス・シュトルテさんの”丹沢夜話”を読んでなるほどと思い当たりました。
まず、丹沢山という呼び名は古く朝鮮の古語の由来し、たぶん平安の昔から言われていた呼び名らしい。
そして、それは今で言う東丹沢のことで、西丹沢は鎌倉の昔から河村山と呼ばれていたそうだ。
そして、江戸幕府の時代、この丹沢山は木材の宝庫として幕府直轄となり
明治時代には帝室御料林となり関東大震災と翌年の丹沢の地震で大被害を受け、国と神奈川県に下賜された。
以上は前置きですが、いわゆる丹沢山は東に大山三ツ峰、南に大山、塔ノ岳、西に表尾根、主脈、
北に丹沢三ツ峰とどこからも1000級の山や峠を越えなければ入ることの出来ない
深山(みやま)なのです。
ちなみに、1680年の山検地帳には村の中心から近い山は里山、それより遠くなるところは遠山、
更に山深いのは深山と呼ばれたそうです。その昔、丹沢で一番里からアプローチの遠い丹沢山に
敬意を表して百名山の看板があってもいいかな。とやさしい気持ちになったきょうでした。
深田久弥も最高峰が百名山だとはどこにも書いてないし・・・
つか・けやき・もみの木・杉木・かやの木・くりの木と豊富だったうっそうとした森林ともちろんブナ林、咲き乱れるお花畑があったという丹沢山塊に思いをはせてしまうなあ。



きんぴらごぼう

2005.06.23
ごくありふれた家庭料理のきんぴらごぼう。
子供達はなかなか手を伸ばさない一品ですが
これ、切り方で随分とお味が変わるんですね。
我家は母の時から太く切った硬いものが定番でずうっときんぴらごぼうは
そういうものだと思っていました。
今から11年前、京都に行った時に哲学の道のはずれに”お菜ところ”
という京都のおばんさいのお店がありました。今でもあるのかな?
そこに子供達と入って料理を注文し、運ばれた時に子供達、
「なんだ、普通のおかずだあ」と言ってお店の方を笑わせましたが
そこで出たきんぴらごぼうがまあ、とっても細く切ってあるんです。
それが薄味ではんなりっていうのかな、いためてあってやわらかくて
私の今までのきんぴらごぼうの概念をみごとに打ち砕いてしまいました。
以後、我家もこんぴらごぼうは細切りになっています。
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金時山

2005.06.20
きのう、web友のEMIさんと金時山に行ってきました。
EMIさん、高尾山についで2度目なのでここは先輩として
「こう歩くと疲れないよ。」とか「このお花は~ですよん」
とかレクチャーしながら歩いたの。
そしたら私の方が、金太郎みたいに真っ赤な顔して
へ~へ~しちゃって
当のEMIさん、疲れも感じさせずけろよんでした。すごいぞ~
あいにくの曇り空で富士山はだめだったけれど、
帰りに湿性花園に寄って
いろんなお花を楽しんできました。宮城野の勘太郎の湯にも
よって生ビール飲んで最高の一日でした。
金時山のハコネサンショウバラ、富士山周辺のみに咲くバラです。

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湿性花園にてエーデルワイス
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同じくあやめ
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湿性花園の様子
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りすさん

2005.06.18
りすさんのお食事事情を知ってますか?
りすさんは、一生懸命集めたどんぐりをあちこち森の土の中に隠します。
それを10の内3位しか覚えてないんだって。
残りはというと他の小動物に取られり、また芽が出たりと結構お役にたっています。
そういえば、わんこも隠した所、よく忘れるんですよね。

それでうちは忘れんぼさんには、「森のりすさん」と呼ばれてしまいます。
決して、人様のお役に立っているという意味ではありません。
なに、あなたが一番「森のりすさん」ですって、あしからず。

八ヶ岳

2005.06.13
12日に八ヶ岳の横岳まで、ツクモグサを見に行ってきました。
ほぼ、満開でした。待っててくれてありがとう。
のんびりと歩き、山小屋の方や道行く人たちとの楽しい語らい。
お山の美しさや、お目当てのお花の話には時間も忘れる。
オーレン小屋で出会ったおじいさま、楽しかったぁ。

横岳より硫黄岳を望む
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ツクモクサ
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お昼寝

2005.06.11
雨降りの
外に遊びに行けぬ猫の
お昼寝中
まどろんだ
その頭の下に
そっと手を差し入れてみる
はじめ遠慮がちに
そのうち しっかりと
私の手に重さを預け
また 夢の中
そっと手を抜いて
頭をぺしっとたたいてみる
なあに~と
迷惑顔の 夢の中

ジーコジャパン

2005.06.09
ワールドカップ1番乗りおめでとう。
結果を見れば、圧勝でしたがここまで何度もやきもきさせられましたねえ。
予選に入る前は中々決定打が出なくて結構引き分けとか多かったし。
スポーツってなんでもそうだけどファンの方々はありがたいですね。
試合を見れなくてもグラウンドの外から選手達を励ましている。
そうして何より、影の立役者は川淵キャプテン。
ああいうえらい人って野球なんかだとなかなか表に出て、ファンの方々にお礼を言ったり、選手に暖かい言葉を掛けたりしないでしょう。
もっと、えらぶってるよね。でも川淵キャプテンは全然えらぶったところがなくて
選手に声掛するときもすごく愛情があってああいう人が長く支えてくれているから
今のサッカーの人気もうなずけます。
野球も長島さんが川淵キャプテンみたいな感じだったので今はちょっと残念。
早く復帰できるといいのに。

床屋の思い出

2005.06.08
ロビンさんのブログを読んで遠い昔の記憶を思い出した。
ご幼少のみぎり、髪型といえば乙女がりと決まっていた。
そう、前とサイドがまっすぐで後が刈り上げってスタイル。
小学校に上がったときに、床屋のおやじ、当時それは最新のヘアースタイルだったんだろうか。
前もサイドも段々にハサミを入れ思いっきり耳を出して後ももちろん段カット(っていうのか?)
そう、ショートカットって言うんですね。
もちろん一言のことわりもなかった。床屋の鏡で自分の姿を見ながら
「なんで、どうして?」と悲しくなってきた。が、そこは心優しい子供。
文句も言えずに口を真一文字に結び、出来上がってお金を払い家に着くや否や、
堰を切ったように泣き出した。途中から床屋の親父もただならぬ気配を感じて
しばらくしてから、我家に様子を見にきた。確か次の日は学校を休んだんだと思う。
もうほんとに髪が伸びるのが待ちどうしかった。
乙女がりだってちびまるこちゃんみたいで充分おかしいんだけど
当時はそれが一番かわいいと思ってたし。

そして今、ずうっと私がカットしていた子供達もしゃれ気がついて床屋に行くようになった。
今は相方の髪の毛だけカットしている。カットした次の日はきっと変なんでしょう。
出先の人に「奥さんに切ってもらったんですか」とか言われるしまつ。
ここのところ暇がなくて、すごいロン毛のなっている。
お願い、もう床屋に行って!

若い時に・・・

2005.06.02
最近しきりに相方がぼやくこと。
「あ~あ、若いうちから山やっとけばよかったよ。あ~惜しいことしたな~」
そんな過ぎ去った過去をおしんでもね~今さら遅いってもんです。
それにあ~た、若い頃山なんてやってた日には、
こんなすてきな奥さんとめぐりあえなかったのよと・・・

何年も近くの低山ばっかり歩いていたときは、それで満足していたのが
八ツだ、常念だとちょっとかじったとたんに急に欲がでてきて、
今年の夏山はちょっとワンランク上?を目指したくなったらしい。
それで今は、お互い行きたいお山の売り込み合戦中。。。
さてさて、どちらに軍配があがるでしょうか。。。
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